飛行機雲2「飛行機に乗るのって、私、はじめてよ。」
言葉を区切るようにいいながら、彼女は僕の右目を見つめていた。
親元をはなれ、朝夕を通勤電車に揺られ、きちんと定められた税金
を納め、権利として選挙にも欠かさず行く彼女。
つまり、大人になった今でも、彼女は飛行機に乗ったことがなかった。
「草の上から空と飛行機を眺めるのは好きよ、とても。」
空港からそう遠くない場所に住む彼女は、時間があれば見はらし
の良い空き地(というか公園や空港施設との緩衝地帯)に出向き、
芝生の上にたって空と往来する飛行機を眺めている。
風向きによって使用する滑走路が異なったり、聞こえてくるエンジン
音の違いや、雲や空や日差し、気温と湿度、そしてそれらの組合せ
によって感じる、その場所の雰囲気の善し悪しに一喜一憂する。
「こっちって、どっち?日が沈むのはあっち?」
窓側に座った彼女は、おでこを窓にくっつけて空を眺めている。
雲の上を指さしながら尋ねる彼女の横顔を、僕は眺めている。
機体が西へ向かって進むにつれ、雲と光の作り出すその表情は
白くなったり暗くなったり、蒼くなったり紅くなったりする。
E3 + ZUIKO DIGITAL 25mm F2.8
「下から見てるだけでは良く分からなかったけど、私、やっぱり空に含まれたいなと思う。できれば飛行機雲になりたい。」
短いフライトの間、彼女はほとんどずっと空を眺めていた。
そして時折、思いついたことをポツリポツリと僕に語りかけた。
目的地に到着するとすっかり日は落ちていて、空は夜空へと
変わり始めていた。
僕たちの飛行機が残した雲は、はたして何処へ流れ、どんな空を
描いていたのだろうか?
(了)
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